さはらやの倉庫 短歌と愚痴と雑記

短歌と愚痴と雑記 twitter @0ya5udon

短歌と私

 Twitter上でSNSと短歌について話題になっている。フォロワーさんやTwitterをやっている短歌を作る人が短歌とSNSについてツイートしており、すごいなと思って読んでいた。
 
 何がすごいと思うかというと、その人たちは短歌と世界について話しているように思うからだ。短歌と歌壇、短歌とSNS、短歌といいね、全て短歌とそれに関わる何かについて、大きな世界の動向について関心を持っているという点でとてもすごいと思った。

 それに比べて私は、短歌と私、というとても閉じられた事柄にしか興味が沸いてないと気付いた。私は短歌を好きなのか。私は短歌を詠むのが好きなのか読むのが好きなのか。他人がいいと言っている短歌が好きになれなくて落ち込む……などなど、最近の悩みはつまり、私が私について悩んでいた。

 それは今、私がそういう時期だからなのか、もともと私が私にしか興味のない人間なのかは分からない。

 しかし、Twitterで短歌の世界について書いているのを見て、私は短歌と私について書きたくなったので、その事について少し書こうと思う。


 私が短歌を作り始めたのは2016/6/2だった気がする。大学を休学して家にいた頃だ。よく死にたいと思っていた。本当に死にたいかと言われたらそうでもないが、死にたいという言葉ばかりが頭に浮かんでいた。(これは今もあまり変わらない)
 そんな午後のことだ。

「死にたいに代わる言葉を教えてよ」

ふとこんな文章が浮かんだ。とても気に入った。

「死にたいに 代わる言葉を 教えてよ」
こころの叫びのようなそれはちょうど575の17文字だった。

 575なら俳句やん!って思ったが、よく考えると俳句は季語が要ることに気付いた。川柳はそのとき頭になかった。

 私はめんどくさがりなので、歳時記で季語をいちいち確認するなどということはできないと思った。

ではどうするか?575があるのなら、77をつけてしまえば短歌になるやん!と気付いた。短歌なら季語が要らない。

これだ、と思った。

その時作った「死にたいに代わる言葉を教えてよ」の下の句は覚えていない。
「私はあなたと生きていたいの」
だっただろうか……。なぜ覚えていないかというと、私はその後何度となく最初の上の句に下の句を付けてきているからだ。
「死にたいに代わる言葉を教えてよ」
気に入りすぎて、短歌チョップ2に持っていったフリーペーパーの名前にもしてしまった。

こんな感じで、私は短歌を作り始めた。決して誰かの短歌を読んで感動したからとか、誰かが短歌を作っていたからではなく、何故か勝手に短歌を作り始めた。

 死にたいに代わる言葉を教えてよ~の次に二三個短歌を作ると、私は次にTwitterのアカウントを作った。

 まず、短歌を投稿できるサイトを見つけたのだが、そこは(うたよみんではなく)1日五首までしか投稿できなかった。私はそれ以上に短歌を作りたいと思った。推敲をするという考えは浮かばなかった。

 そこで、Twitterだ。ちなみにこれが初Twitterアカウントだ。家でノートに書き溜めるなどという発想は皆無だった。とにかく私の短歌をどこかに投げたかった。

 Twitterのアカウントを作った。最初に投稿したのはハダカデバネズミの画像だった。
 その後はひたすら短歌を投稿した。1日百首くらい。最初はbotしかフォローしなかったが、だんだん短歌をしている人をフォローし始めた。
 そこで、うたの日の存在や様々なネプリの存在も知った。今振り返ると、Twitterを始めたこの年の六月のツイート数が一番多い。ひたすら短歌が湧き出てきた感覚だった。

 休学をして暇だったのも大きいかも知れない。私は短歌を詠むことにのめり込んだ。

 短歌を始めたきっかけを書いたら案外長くなったので、ここでまずひと休み。次はなぜ私は短歌を詠み続けたのかを書けたら書く。