さはらやの倉庫 短歌と愚痴と雑記

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雑記

例えば、

旅に出ると夢を見るが同義語だったら素敵だな

と思うとする。

それは旅に出ると夢を見るが同義語であるべきだ、ということではなく、逆に、旅を出ると夢を見るが同義語であったら困るであろうに、素敵だなと思うのである。

この、素敵だなという感覚は何なのだろうか。恋みたいだと思う。衝動的で論理的ではない。
この感覚を信じていいのか分からない。
旅に出ると夢を見るが同義語であったら、旅人はみな眠りについてしまう。
けれど、書いていて、素敵だなと思ってしまう。

旅に出ると夢を見るが同義語だったら、同義語であるはずがないのに、同義語であってもいいことはあまりないように思えるのに、この仮定を示す言葉はなぜこんなに甘美なのだろうか。

同様に

私のなかで「死にたい」という言葉がどうしようもなく甘美に響くのは何故だろうか。
死にたくもないし、死んでもいいことはひとつもないだろうに。

私は言葉の甘美な響きに抗えない。
意味を超えた何かがあるのだろうかとさえ思う。

私は、「死にたい」と言いたい。
死にたくはない。

追記

上記のように思うと同時に、言葉を音楽にしてはいけないのではないかとも感じる。言葉は意味を持つものだから。
自分の中で信念が決まってないし、考えもまとまっていない。短時間の間に正反対のことを考えたり思ったりする。
私の中に、私1、私2、私3……が不連続に多発的に成立している感じだ。