さはらやの倉庫 短歌と愚痴と雑記

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私の好きな短歌をパロってみた 

私の好きな短歌をパロってみた 


かきくらし雪ふりしきり降りしづみ我は真実を生きたかりけり(高安国世)

柿赤く空は雲まで高く澄み私は嘘をつき続ける子(さはらや)

とにかくk音の続く練習がしたかった。
上の句でk音を押しておいて、下の句でも最後に〆のようにk音を使うと全体が締まるのかなと思った。

上の句の情景と下の句の心情という対比も真似したい。しかし私の場合、上の句の秋の晴れ空の情景と下の句の嘘をつき続ける子、というのはちぐはぐな印象になってしまうのではないかと思った。それともそれはそれで、落差があっていいのか?

高安国世の真実を生きるに対し、私の嘘をつき続けるというのを対にしたのはわざとです。「現代短歌」を読んだとき、高安国世のこの歌を詠んだ心境を知りった。自分の信念を貫いた高安国世は私とは正反対だと思った。それ以来この歌は強烈に私の中に残っているし、この歌を知って高安国世を知り、高安国世が好きになった。

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アンアンの星占いで れんあいのところを見なくてすむの うれしい
(今橋愛)

かあさんのコートの中で なつまでの匂いを嗅いでしまって さみしい(さはらや) 


桜前線開架宣言を読んで、一番初めに好きになった歌。この歌が目から離れずに、何回も繰り返し読んだ。
これってきっと失恋の歌。
なのに、最後がうれしいで括られている。私はそれが苦しいほど分かった。
恋をしてるのは楽しいけど、そればかりじゃない。無意識の内に恋占いを気にしてしまうし、それが悪いないようだったらとても落ち込む。見なきゃいいのにと思うけれど、相手と自分の運勢や相性を確認するのをやめられない。
でも、恋が終わったらそれらを「見なくてすむ」のだ。この「すむ」ってのが最高に好き。肩の荷が降りた感じ。

この歌の平仮名の感覚(この歌人のかもしれない)がとても素敵だ。母音と単語の長さ、動詞と名詞の入れ方を真似た。
私の短歌はさみしいで終わる。
母のコートの中なのに、次別れたら夏まで会えないことを思ってさみしい。母は長い休暇までもう帰ってこなくて、分かっているけど少しさみしい。

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「雨だねぇ こんでんえいねんしざいほう何年だったか思い出せそう?」(笹井宏之)

「春だねぇ 屯田兵の行き先は西ではないと知った気分は?」 (さはらや)

改)春だねぇ 屯田兵の行き先が西ではないと知った気分は?(さはらや)


笹井宏之さんはとても好きな歌人。到底真似できないような歌を詠むから、そのままそっくり真似してみた。
雨だねぇは春だねぇに。
最初のa音は外したくなかった。
こんねんえいねんしざいほうって歴史だから屯田兵に。
"ん"が入っているから調度よいかと思って。
西ではないと、は一応オリジナル。
屯田兵って北海道を開拓した人だったよね?
思い出せそう?の動詞を知った気分は?に替えた。

元が素敵だから、真似をしても素敵な短歌になりました。Twitterで真夜中に褒めてもらえてとても嬉しかった。いつもふぁぼしてくれる人へのお礼ってどうすればいいんだろう。お礼をしたい人が何人かいる。リプもDMも飛ばせずにうじうじしてる。

いつもふぁぼしてくださる人!本当に生きる気力になっています!ありがとうございます!
今度、DMしようかな。

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このケーキ、ベルリンの壁入ってる?(うんスポンジにすこし)にし?(うん) (笹井宏之)

そのスーツ、バルタン星人向けのやつ?(うん上着だけ)絹?(綿半分) (さはらや) 

そのシーツ、キャンベラの冬みたいだね(キャンベラが好きだから)冬?(ふゆ) (さはらや)


この歌は一番好きな歌!
だってベルリンの壁入ってる?だよ?最高だと思う。しかも西?だよ?最高だと思う。上手く説明が出来ないことが悔しい。いつか言葉にします。


二首、真似て作ってみた。
まずはバルタン星人。自分でも詠んでてふふって笑った。バルタン星人向けのスーツってなんだよ。ちゃんとはさみが入るやつかな。

完全に構造のみを真似してるだけなのに、真似した短歌が成立するっていうことは、その短歌の構成が素晴らしいってことだよね。

短歌は内容が大切だと思う。自分が納得した内容の短歌じゃなきゃどんな上手くても私は嫌だ。けれど、内容がどれだけ良くても短歌の技術がなければ短歌として良くはならないとも思う。

写真と同じで、被写体がどれだけ素晴らしくても構成や露出の技術がなければいい写真にならないのと同じで。
逆に平凡な被写体でも構成などの技術がそろっていればその写真は作品として良いものになる。

そんな考えて、今回、好きな歌をパロってみた。
予想以上に楽しい。
自分が短歌が上手くなった気になれて楽しい。
そして、上手な歌っていうのは言葉の使い方、配置が上手なのだと改めて気づかされた。
すごいなぁ。

あ、ベルリンの壁のパロったやつの二首目。これは最後の ○○?(○○)っていう二文字の掛け合いを真似したくて。それだけ。
キャンベラはアイルランドの首都だっけ?寒そうだ。

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「はなびら」と点字をなぞる ああ、これは桜の可能性が大きい(笹井宏之)

「あおぞら」を自販機で買う ふふ、夏は見切れた入道雲が眩しい (さはらや)


これもとっても好きな歌。
そして構成が美しいと分かる歌。

「はなびら」a音を多用した開かれた、そして少し幅のある言葉。
その後に点字をなぞるとあるため、ここから想像が始まる起点。

それを真似して「あおぞら」とした。音的には完璧な真似だと思う。そして言葉の幅もある。

「ああ、これは」
感嘆詞と指事語で五音使ってしまうなんて大胆だなと思う。けれどこれがあるから、瞼の裏にぱーっと桜を描くことができる広さがこの短歌に生まれるのではないかなと思った。

私は真似して「ふふ、夏は」
とした。ふふ、という感嘆詞は笑いを表す。自販機で買った主体の気分を表現してみた。
「夏は」はオリジナルと違って、「あおぞら」をより詳しくするために使った。歌の広がりという点では真似できなかった。

入道雲が見切れて眩しい
は真似というより私が入れたかった言葉です。あおぞらが自販機から出てくる時点で、きっと夏限定バージョンは入道雲がたくさん張り付けてあるだろうなとか考えてしまって、どうしても入道雲を入れたくなった。
自販機で買うから、入道雲は見切れてる。けれどそれが余計に眩しくて、主体は思わず笑ってしまった。
あら、気づけば自分の歌の解説をしてしまった。失礼。



このように好きな歌を真似てみると、その短歌の良さが改めて分かった。
そして、よい歌は題材だけでなくその短歌の構成、言葉の使い方、単語の文字数、単語の位置、構成、動詞の入れ方などが良いのだなと思った。

真似、って楽しい。
学ぶが真似るから来るように、真似たら私も少しは短歌が上手くならないかなと思っている。


お読みいただきありがとうございました。