さはらやの倉庫 詩と短歌と短編と

詩と短歌の倉庫 twitter @0ya5udon

タイトルは大事だと思う

2/15 追記

一ヶ月前にこの記事を書いてから、少し元気になった。
学務へ電話できた。
今はそんなに死にたくない。昨日の夜は死にたかった。
私は物を欲しがらない子供ではなかった。普通におねだりした。
今は大学に行きたい。勉強がしたい。
友達と騒いで、テストに追いたてられてもいいと思ってる。
教室を想像しても苦しくならない。昨日は苦しくなった。辛くなった。
問題集は何を買おうか考えている。昨日はどう死のうか考えてた。
医学の勉強は嫌じゃない。今は。
勉強は好き。今は。
また手につけてからだと感情が変わってくる。


零歩より一歩進んで見たときの方が遠くに見える目標

そういうこと。
やりたくてもできないときはやりたくてもできないんだと言っていいんだ。energyの枯渇なんだ。

やりたいこととやりたくないことの差なんてあまりないのかもしれない。
少なくとも私は気分で変わる。



1/9 追記

恥ずかしがっててはいけないね
今日は雨だ
朝は起きれた
そんなにつらくはない
行かなければいけないね

そんなに頑張って何になるの?
そもそもそんなに頑張ったことなんてないじゃないか

朝ごはんが覚めていく
冬ですよ

そんなに頑張ってもつらいだけだよ
みんな将来を考えてつらくてもやることはやってるんだ
いつまでも甘えててはいけないね
乳離れを早くしなければ











これは私のマスターベーション
人に見せて完結するオナニー。


今の私は一応躁極性障害Ⅱ型と医者から言われてる。

今、医学部の大学3年で1年体調不良という理由をつけて休学している。
推薦入学だったから、あまり学力がない。

私の主治医は大学病院の教授で、私の行っている学部の、つまり医学部の先生でもある。

私に対する診断が甘くなってるのだと思う。
決して先生を責めるわけではないが。

だってもし私が大学に行けない理由が私が医学部に行きたくなくて、大学に行きたくなくて、ただの甘えだったら、教授はどうしようも出来ない。
診断をしたら、診断書も書けて欠席届けも出せて、正当に大学を休める。そしたら私を医学部に留めれる。

でも、私の内心は大学に行きたくない。
大学に行きたくないから行ってない。
でも、将来のことは何も考えていない。
ただの怠けと甘えじゃないか。

しかし、私はそのことを人に言っていない。
周りに幻滅されるのを怖れて、病気だと言われることを利用して大学に行っていない。
家族に対しても、友人に対しても、恋人に対してもそう。
クズだろ、と思う。


このことについて話すと長くなるので後から書こうと思う。



少し私の生い立ちを。

昔から人の顔が覚えられない。
もしくはすぐに忘れてしまう。
たぶん、他人に興味がないのだと思う。


優しいねって言われて育った。
私の育った環境はとても恵まれていて、両親も祖父母も優しく、教養がある。
虐待なんて無縁だし、理想の家族だ。
経済的にも比較的良い方で恐ろしく高いものでなければ手に入れられた。
けれど、少し育ってからはそこまで物を欲しがらなかった気がする。私の主観だが。


逆にいろいろ与えてもらった。
与えてもらったものは数えきれない。本当に星の数ほどプレゼントをもらった。
それは決して物だけではなくて、愛情や知識や知恵や考え方や物の見方や、たぶん味覚の良さまで。

友達にも恵まれて、優しくて私が間違ったら正してくれる人たち。
側にいるとほっとして笑える親友。
そして、本当に私のことを愛してくれている恋人。
こんなに人を好きになったことはない。
そう思わせてくれた人。

これは自慢じゃなくて事実だ。

なのに、今の私はそんな人たちでさえ自分から遠ざけてしまう。
連絡を取ってきてくれても無視してしまう。

家族もそう。私のために伸ばしてくれている手を掴めない、掴まない。

ねぇ、何でこんな子に育ってしまったのだろうか。
こんな人間の出来損ないみたいになってしまったのだろうか。
自分を出来損ないと思って、そこで諦めて努力しない人間になってしまったのだろうか。
それが悲しくて表情が固い。せめて笑っていたいのに。

時々、原因が外にあればなんて思ってしまう。
どれだけこの原因を探っても、私の中に、私の甘さに行き着く。



私と周りの人と病気についてに戻る。

大学に行かない理由は病気のせいとしている。
誰に対しても体調が良くないので、という理由で通してる。
そりゃ、病気と診断されるはずだ。
でも、本当は大学に行きたくないだけ。
教室が怖いし、人の顔を見るのが怖い。
家を出るのがつらい。
時々涙がでるのに、テレビは普通に見れる。
家庭教師はまぁ行ける。
やりたくないことをせずに、やりたいことだけ、楽なことだけしてる。

私が人より劣っていると思われるのが怖い。

知り合いも先輩も友人も優しくて、決して私のことは悪く言わない。もしくは私の前では言わない。

なのに、怖い。
足が進まない。どきどきする。

1度人と話してしまえば笑顔で乗りきれる。
なのにそこまでの我慢が出来ない。
逃げてしまう。
つらいことから逃げてしまう。
みんなつらいのにね。

家を出るのがつらいのも、1度外に出てしまえばそんなに辛くない。
車に乗ったらつらくない。
運転するのは好き。
人の視線がある中を歩くのは今は好きじゃない。
友達とおしゃれして歩くのは好きだった。

何を話そう。
大学2年の秋に、少しおかしくなった。
突然すごく怖くなった。
理由がないのにひとりの時に10分くらい恐怖が襲ってきた。
それと、何をすればいいか分からない瞬間があった。
トイレに駆け込んで、どうしようって立ちすくんだ。
でも、誰かと居れば普通だし、楽しかった。

その頃から日記をつけ始めた。

勉強の追い込みがあまりできなくなった。
もともと医学部の勉強は苦手だったけど、ぎりぎり合格で滑り込んできた。

前にも授業を体調不良と言って休むことがあったけど、その頻度が多くなった。
理由はやはり分からなかった。

出席必須の授業に行けない日があった。
服を着て、鞄を持って、玄関の横で震えながら泣いていた。
外に出なければと思って、授業が終わる時間くらいに家を出て、車で6時間ほど走った。
家族にはバレないくらいの、勉強してたと思われるくらいの時間に帰った。

流石にヤバイと思って、無料の電話カウンセリングに申し込んだ。
泣きながら一時間話した。
カウンセラーに病院に行くことを進められたけど、お金がもったいないし家族にはバレたくなかったから行かなかった。

その時のテストはぎりぎり受かった。

次の単元はもっと授業に出られなかった。

体がしんどい日があった。
両肩が誰かにずっと押されてる感じで、動けないようなつらさもあった。
這いつくばって部活に行ったら、普通に元気に動けた。
そんなもんかと思った。
一応、鍼灸院に行ったり、鉄のサプリを飲んでみたりした。

家族には体がだるいと言ったが、心のつらさは言わなかった。ただただ辛かった。
時々バレないように泣いた。

恋人には全てのことを正直に話した。
電話口で号泣した。
学生相談室に行ったら良いとアドバイスされて、行ってみた。
何にでもすがりたかった。

泣きながら話してアドバイスを求めたら、日記をつけたら?と言われた。
もう付けてた。
カウンセラーが答えを見つけるんじゃなくて、自分で答えを見つけていく助けをするだけだと言われて、今思えば当たり前なのだが、その時は本当に絶望した。
最後の綱が切れたかと思った。

それから色々と自分で調べて、自律神経失調症ではないかと考えた。
うつにしては元気な時が多すぎるし、非定型うつかと思ったが、なんとなく甘えのような気がして嫌だった。

学生相談室のカウンセラーは自律訓練法が専門で、それを始めた。
なんとなく良くなった気がした。
1回、カウンセリングの途中で恐怖が襲ってきたけど、カウンセラーは見ているだけで、治まったらはいさようならだった。
少し悲しかった。



勉強は月始めはできたけど、最後は全くしていなかった。
テストに遅刻した。

時々部活を休むようになったけど、部活は楽しかった。
部活の同期は最高の仲間だと思った。
部活の大会で遠征とかもできた。

衝動的に恋人と神戸へ行った。
朝、怖くて泣いた。

次の単元は厳しくて、ちゃんと授業に出た。
そこらへんの計算をきちんとやる私が憎かった。
学生相談室は授業が忙しくて行けなくなった。

1回目のテストの後に部活の忘年会があった。
忘年会の会場の隣の本屋でうつに関する本を買ったことを覚えている。
忘年会では司会を任されて、楽しかった。
翌日に女子会もあって、おしゃれして行った。
たくさんガールズトークをして解散した。

その休日にもレポート課題があったけど、全く手がつけれなかった。
図書館で借りてきた、医者が書いた哲学に関する本をずっと読んでいた。

医学部に行かなかったら、文学部の哲学科に行きたかった。
けれど、高校の頃も哲学書はほとんど読んでいなかったし熱意はそのくらいのものだったと思う。

月曜日、レポートは結局終わらずに、それを指摘されるのが嫌で大学に行かなかった。
布団からさえ出なかったし、行かなければという気持ちもなかった。
大学へ行かないとこんなに楽なんだと気づいた。
その日はトイレにも行かず、食事もせずにずっと布団の中で寝るかケータイを弄っていた。

次の日も大学へ行かなかった。
行かなければならないという気持ちが全くなかった。
布団から出なかった。
友達からの心配するラインは無視した。

木曜日の夜に、親友のライングループに相談した。
恋人にも同じことを言った。
明日、病院に行ってみる!って宣言したけど行けなかった。

ずるずると日にちだけが経って、布団から出れない日が続いた。
ケータイで二次創作を見ていた。
全てのラインを無視していた。

2回目のテストの前日に流石に親に諭された。
ここで怒らなかった親は本当にすごいと思ったし、優しかった。
テストに行くんだぞと言われた。
行ける気がしなかったけど頷いた。

テストの日はテストに行かずに黙って病院に行った。
けれど病院の目の前で怖じけづいて、午前の診察時間が終わった。
ここで家に帰れば、もう病院に行けなくなると思って、午後の診察時間まで車を運転していた。
一番近い海まで。片道3時間ほど。
今、みんなはテスト受けてるんだろうなーって思った。

病院に行こうと思ったのは診断書が欲しかったからだ。
それなら欠席届けが出せて、1単位なら進級できる。

その後に病院に行った。心療内科だ。
うつっぽい症状ですねー。寝てたら治りますよー。薬出しときますねー。
と言われた。優しそうな先生だった。
診断書下さいと言えなかった。

夜に帰って、家族に薬が見つかった。
そこからあんまり覚えていない。
親がうつになった経験を話して、私を励ましてくれた。
休めばいいよと言ってくれた。
留年しても大丈夫と言ってくれた。
ずっと寝ていた。
ずっとケータイを見てた。
だから、そこまでうつ症状はひどくなかったと思う。

大晦日も正月もずっと寝てた。
初詣に行ったかどうか覚えていない。

不合格だったテストの再試があったけど行かなかった。
もう進級を諦めていた。

成人式も同窓会も行かないと決めた。
動きたくなかった。
あんなに楽しみにしてた振り袖が着れないのに、辛いときにずっと検索して自分を慰めていたパーティードレスが着れないのに、特に何も感じなかった。
もっと悲しむかと思ったけど、涙も出なかった。

余談だが、今日はその成人式からちょうど2年経った日だ。
Twitterで成人式の振り袖のツイートを見て、2年間で初めて成人式に出れなかったこと、振り袖が着れなかったこと、同窓会に行けなかったこと、パーティードレスが着れなかったことに涙がでた。
初めて、成人式に、同窓会に、私も行きたかったと思って泣いた。
だから、これを書いている。

涙と時間はいつもおいかけっこしてる。


それから、主治医が変わった。
今の大学病院の先生になった。

それから、私の留年することがほぼ決まった。
前期の単位は統べて取れていたから休学することに決めた。

恐怖は相変わらず襲ってきた。
そのための頓服を飲んでいた。
ずっと同じ曲を聞き続けた。

少し元気になって、部活の同期の集まりに行った。
みんな優しくて、励まされた。

恋人と散歩できるようになった。
ゆっくりと公園を歩いた。

3月になって、動けない日が増えた。
動きたくない日、の間違いかもしれないが。
恋人に誘われても家が出れなかった。
けれど、ケータイは時々見てた。
だから、やりたいことだけやっていたのかなと思う。
恋人と会うことだってやりたいことなんだけど。


4、5月もそんな感じ。
動きたくなくて、たまに恐怖がやって来て
ひとりでいると急に寂しくなったり、辛くなったり、体が動かなくなったり。

私が自分の意思でそうしたのか、他に原因があるのかは今でも分からない。


恋人と1回だけ会った。
家族に恋人と付き合っていることを初めて言った。


病院には2週間に1度行っていて、けれど車で自分で行けたから、元気だったということは分かる。
やりたくないことをやらなかっただけだ。


6月は少し元気になった。
ふとしたきっかけで短歌を始めた。
Twitterを始めた。
短歌は、思ったことを素直に言えてよかった。
1日70首以上、短歌とも言えないようなものをずっと作っていた。

7月、元気になって部活に復帰した。
部活は本当に好きだった。
仲間も、部活そのものも。
衝動的にプールに行ったりもした。

部活の他にサークルに行っていて、そのサークルの合宿にも行った。
夜更けまで、死にたい人を医者が生きさせるのはどうかという議題について話した。
私は死にたい人代表でいろいろ喋った気がする。


死にたいと思ったのはいつ頃だろう。
意識したのは高2頃?
前までも、辛いことがあると風呂場で自分が死んだときのことを想像したけど、特に理由もなく死にたいと思ったのはその時が最初だ。

別に本当に死にたい訳じゃない。
なんとなく死にたかった。
悲しくも辛くもなんともない。

課題のプリントに、ノートに、死にたいの文字をバラバラにして書いていた。

その後で恋人ができて、幸せな日々か続いた。

高校は部活に打ち込む日々だった。
部活するために高校に行っていた。
インターハイ予選の直前で調子が悪くなって、帰り道に強くなりたいと泣いていた。
とにかく勝つために必死だった気がする。

部活を引退したら、受験勉強に身が入った。
計画通りに勉強できるのは楽しかった。
結果もまあまあついてきて、楽しかった。

秋ごろになって、死にたい衝動が出た。
勉強が時々手に付かなかった。

でも、その他は普通の高校生活。
恋人と週に2回、一緒に帰るのが楽しみだった。

冬休みくらいから、気持ちが落ち込んだ。
冬休みの最後は4日間くらいなにもしたくなくて寝込んだ。
学校が始まれば普通だった。

なんとなくそのことを誰かに相談したかったが、みんな受験に必死なときに相談を持ちかける勇気はなかった。
大人には自分に幻滅されるのが嫌で話すつもりもなかった。

センター試験が終わって、推薦入試までは精神がかなり不安定だった。

医者になりたくない、医学部に行きたくないと真剣に思った。
医学部に落ちて留年したら、文学部に進路を変えようと思っていた。
決して誰にも言わなかったが。

病気の人をかわいそうだと思って、それを救うなんて傲慢だと思っていた。
人に人が救えるはずがないと思っていた。
だって、誰でも死ぬのだから。
それが遅いか早いかだろうと。

でも、死んだ祖父の遺言が私が医者になると良いな、というもので、それが唯一の心の支えだった。
在宅介護で死んだ祖父に全く優しく出来なくて、顔も見せずに終わった自分は一生罪を背負って生きなければならないと思っていた。

死んだ祖父も介護した祖母も父も、私を恨んでいると勝手に思っていた。
何もしなかった私は家族ではない気がした。
そんなこと思っていても、手伝いもせずに甘ったれて生活している自分がいた。
自分を責めることで自己満足していた。
この言葉に尽きる。

推薦入試の直前、たまたま目に入ったテレビ番組のサスペンスでヒ素を飲んだ被害者が死んだ。

それを見た瞬間に私もあんな風に死にたいと強く思った。
あんな楽な殺され方をしたい。誰か殺してくれと思って、そんな考えを持った自分に恐れおののいてひとりで泣いた。

翌日の推薦入試はケロリとして、元気に面接を受けた。
部活の話で盛り上がって、テンションマックスで自宅に帰った。
自分ながら呆れる。

それから、一般入試までは勉強のやる気があまりでなかった。
やることはやっていたが、とても受かるとは思っていなかった。
友達に少し冷たくした。
少し死にたかった。

2月の始めに、推薦入試の合格が決まった。
3割嬉しくて、7割悲しかった。
まだ皆が頑張ってるのに自分だけ楽するのが許せなかった。

推薦入試で合格した人たちは、私よりずっと優秀な人たちばかりで、医者になるために努力している人ばかりで心が本当に苦しかった。

私よりずっと努力していた人が落ちて、前が向けなかった。

けれど、入学までに時間があるから勉強を頑張ろうと思った。
英語の問題集を買ってきた。
結局やらなかったが。

合格から数日は合格の報告やらなんやらで外に出る機会が多かった。
自転車で家に帰る途中で、衝動的に交差点に飛び込みたくなることが何回かあった。死ねるかなと思ったが、他人に迷惑をかけると思ってとどまった
そんな自分がつらかった。

その時は本当に自分を責めた。

小さい頃は祖父が大好きだったのに、恩返しも何もできずに祖父が死んでしまったこと。
努力もせずに医学部に受かったこと。
医学部に行きたくないし医者になりたくないのに医学部に受かったこと。

合格が無くなれば良いと思った。
辞退したかったが、言い出す勇気なんて私にはない。
あったら、もっと早くに進路を変えていた。

私を育てるためにかかったお金を計算した。
これから私が稼げるお金を計算した。
宝くじでいくら当たったら、それらが払えて、私が死んでもいいかずっと考えていた。
自殺の方法もたくさん検索した。
その度に涙がでた。

インフルエンザになった。
体がきつすぎて、心を責めるのをやめてしまった。
たぶんやめなかったら、どうなるか想像がつかないが、いろいろとヤバかった気がする。
インフルエンザに初めて感謝した。

インフルエンザが治ってもずっとだらだらして、勉強をしなかった。

スマホは皆の入試が終わって、卒業式が終わるまで買わなかった。後ろめたかった。

春休みはたくさん遊んだ。
恋人が浪人した。
推薦なんかで受かった私は疎ましいだろうに、でも恋人は遊んでくれた
まぁ、楽しかった。

大学に入学してからまあまあ順調だった。
友達も出来た。
授業も楽しかったけども専門の授業の復習をしなかったため、どんどん分からなくなった。
時々、なんとなく死にたかった。

専門の授業の教授が小テストの結果を受験の種類別に分析して、私が合格した一般推薦が一番悪かった。
教授が何て言ったか具体的には覚えていないが、そのたき頭の血がサーっと下がって、今でも半分トラウマだ。
私なんかが推薦で入って、しかも全然勉強していないことの負い目がもっと増えた。
その時は本当に大学をやめたかった。
その時勇気を出してやめていれば、と後悔しても遅い。
もともと私に1度乗ってしまったレールから降りる勇気はどこにもないのだ。

専門のテスト直前まで勉強せずに、けれどもテストはぎりぎり受かった。
教授には、ぎりぎり受かったやつが一番留年しやすいと言われて、今その通りになって笑える。

サークルと部活に行ったら計3つ入って、最高に楽しんだ。
大学に入って良かったと思えることのほとんどが部活とそこで出会った人々だ。

夏休みは部活三昧。
今まで入賞なんて夢のまた夢だったが、先輩と共に3位になった。
本当に楽しかった。
死にたくない時期だ。

大会が終わったら、バイトも部活もせずにずっと寝てた。
私の基本生活と性格は小学生のころからこんな感じだ。
部活は好きだけど、後は寝てるって感じ。
たまたま環境と、少しだけ記憶力に恵まれたから、勉強でも良い思いが出来ただけだ。
その頃はまだそれに気づかずに、負い目も感じずだらだらしてた。

あんまり勉強してなかったので、夏休み明けのテストに落ちた。
ショックだったが、友達も落ちたのでショックが軽減された。


後期はだれた。
出席はぎりぎり取ればいいかなという感じで、暇だったけどバイトもしなかった。
バイトをしない負い目はあったが、なんとなく怖くてできなかった。
たぶん私のような学力の人間が他の人を教えるのが怖かった。
その時は少し死にたかった。
体が重かった。
でも、きっと怠けてたせいだ。

なんか、改めて書いていて自分の人間性に悲しくなる。
これだけ恵まれた環境を生かせないのは逆にすごいんじゃないかと思う。

実習だけは楽しくて真面目にやった。

部活の忘年会で同期で余興をやって、文句は言いまくったが結果的に楽しかった。
半分私たちの黒歴史だが。

春休みは……あまり覚えていない。
恋人が遠くの大学に合格した。

部活の新歓をやった。
個性的な後輩ができた。

2年生は勉強が厳しいので有名だった。
勉強のために部活の自主練とひとつのサークルに行かなくなった。

必死に勉強して前期は全て一発合格した。
大学生活で部活を除いて唯一誉めていいことかなと思う。
高校のころ出来たテスト直前の追い込みが全くできなくなっていた。
テスト前になると落ち込む。半分死にたくなる。
勉強したくなくなる。

逆にテストが終わると勉強したくなった。
自分でノートをまとめたり、過去問をしたり。

夏休みはやはり部活。
先輩が優しくて楽しかった。

1年のとき免許を取ったが、事故が怖くて部活の車出しが出来なかったのが少し申し訳なかった。

2年の後期の滑り出しはよかった。
後期最初の厳しいテストも受かった。
一年のときトラウマだった教授だったので、授業は良かったが、その教授の顔を見るのは苦痛だった。

しかし、秋くらいからは前述の通り。

時系列がバラバラで申し訳ない。

どこまで話したか……
そう、大学に行かなくなって、休学した時の夏休み。
夏休みは部活の大会もあって、休学中で時間もあって、けっこう遊んだ。
恋人の家に泊まったりした。
たぶん、大学の夏休みで一番エンジョイした気がする。

後期から休学を終えて大学に行った。

あ、これまでずっと通院してる。
その頃の診断はうつ症で、うつ病まで行かない抑うつ状態。
その年の1月に初めて今の主治医に診察してもらったときは、まあ抑うつだったけど治ってるっぽいし少し様子見ましょうみたいな感じだった。

次の診察で、少しずつ外に出てみましょうって言われて、外に出ようとするのが辛いって泣いたら、うつ症だって言われたけど。
一応、その時の涙は嘘ではなくただ辛くて泣けてきたことを弁明しとく。

それから、抑うつを抑える薬を飲んでた。新薬とかで、やたら金がかかった。

そう、後期で大学に復帰してからは行ったり行かなかったり。
行かない理由は動けなくて体調不良としていたが、本当に動けないのか、動きたくなくて大学に行きたくないのかは自分でも分からなかった。

まぁ、結果として大学に行かなかった事実は変わらないが。
部活の後輩がいて、仲良くしてくれた。
留年した私にとって本当に有り難い存在だった。


その頃に私の診断が双極性障害Ⅱ型に変わった。
薬も大幅に変わって、なんとなく正しい診断になった気がして嬉しかった。
友達にちゃんとした診断が出たと嬉々として報告した覚えがある。

ふたつめの試験はダメだった。
授業をかなり休んで、診断書出してもらって……ってかんじだった。
このときも本当に抑うつだったのか、私が大学へ行きたくなかったのか分からない。
うつか甘えかの違いは、行かなければならない、行きたいという意思があるかどうか、とどこかのサイトに書いてあった。
その頃はかろうじて行かなければならないもという気持ちがあった。


それから年末、年が明けて3月くらいまではとても安定していた。
恐怖が襲ってくることもこの頃に無くなって、短歌のイベントとかにも行った。

授業が楽だったのも大きいかも知れない。

3月終わりに動けない?動きたくない?時期があったが、外に出て動いてしまえば普通に過ごせた。


3年生になり、焦ったのは留年して唯一の友達の後輩がりゅうねんしたことだった。
学年に友達がいなくなった。

4月5月は躁状態とも言えるほど元気だった。
毎日4キロほど歩いて、プールに行って、活動しまくった。
バイトに応募しまくって、家庭教師を2件始めた。
家庭教師を始めた理由は、家庭教師をやっている間は自殺しないだろうというものだ。
経験やお金とかじゃなかった。


それから6月までは少し授業を休んだり、行ったり。
テストの点数は良かったのに、出席点で不合格になったのでけっこう休んでしまったのかも知れない。
このときは建前は体調不良だが、大学へ行きたくないのが大きかったかもしれない。

6月の終わりに、大学へ行けなくなった。行かなくなったのかもしれない。

朝起きて、起き上がろうとすると「つらい!」と思う。このまま大学へ行けば心が壊れる気がした。
たぶん、行っても心は壊れないし今からかんがえると壊れてしまえば良かったのにと思う。

まぁ、その時は自衛本能?みたく大学を休んだ。
1日休めば同じ理由でどんどん休む。

行きたくなかった、ということと少し矛盾するのは、大学を休む前日まで過去問を印刷してやったり、レポートを丁寧に書いて提出できるばっかりにしていたことだ。

勉強がスムーズに進むこと自体は嫌いではないのだろう。
新しい知識が入るのも嫌いではない。
それらを全て覚えきる努力をしないだけだ。
これは多くの人がそうだと思う。
けれど、みんな努力をして覚えて其の壁を登りきる。
私は少しの辛さで躓いて、怠けて、諦める。

結局、その教科はレポートで単位が取れて、命拾いした。

そうやって、甘いところを縫うように生きてきた。
病気と診断されて、その方が楽だと知ってしまった。
大学を休む正当な理由も見つけて、大学を休むことで辛くないことを知って、だんだん罪悪感を感じなくなった。

書いているとかなりヤバいやつだなと思う。

8月始め、部活の合宿の直前まで家でぐずぐずしていた。

私が大学へ行きたくないだけの理由で動けないなら、休みの時に動けない理由が見つからない。
でも、私の本来の性質が怠け者だから、病院を理由にずっと寝ているのかもしれない。

部活の合宿と大会はなんとか乗りきった。
ちょっと頑張った。

夏休みが終わって、9月中旬まで踏ん張った。
9月中旬で折れた。
理由は6月に休んだときと一緒だ。
大学へ行くのがつらくなった。

しかし、ひとつ焦ったことがあった。
大学へ行くのがつらくなったのもあるが、はっきりと大学へ行きたくない思いを自覚した。
大学へ行かない罪悪感が全く感じられなくなった。

今までは、もしかしたらちゃんと休まずに授業に出れるようになるかもしれない。卒業もできるかもしれないと思っていた。

しかし、大学行きたくない、大学へ行かないことに罪悪感を感じなくなった瞬間から前が見えなくなった。
このまま私はずっとこの状況から抜け出せない気がした。
退学を真剣に考えて、調べようとしたらつらくて泣けてきてあまり調べられなかった。

本当に辛いことに私は弱い。
なんとなく、辛いのを我慢しても良いことが無い気がしてる。
その割りに自分を責めることが好きで、計画的に考えることをしない。

それまでは、私が病気であると7割くらいは信じていたが、このとき私のこの状態は心の問題なのではないかと考えた。

主治医には、医学部が嫌だとかいっていない。
そりゃあ、医学部の先生にそのことを言うのは怖い。私には勇気がない。

カウンセリングで泣いて、話して、毎週のカウンセリングを始めた。
お金がかかったが、今まで散々、通院費も薬代もかかっていてもったいないという感覚が麻痺してる。

10月はまた大学へ行った。
普通に頑張れた。
休日は寝ていた。
夏からずっと部活には行っていない。
寝て休んでいる分の体力の衰えを感じるのが嫌だった。

11月に友達と旅行に行った。
楽しくて、その時は不安も何もかも忘れた。
長距離運転した。
とにかく元気だった。

その次の週は普通に大学に行くつもりだった。
しかし、日曜日になんとなく行きたくなくなった。
明日は行かないだろうなと思った。

そういうことは中学からあった。
例えば休日の翌日、休日気分から平日の私へと代われないとき。友達の会話にうまく反応できなかった翌日。中学では人間関係の拗れはいじめに直結して、私は苛められないように必死に自衛した。結果的に楽しい中学生活が過ごせたが。


そして、今。
11月6日から大学へ行かずに1月8日になる。
もうこれは病気とかではない。
大学が嫌で、怖くて行けないだけだ。
そのために大学のために家を出るのがつらくて、それが繰り返されて普段でも家を出なくなった。
家を出るのは、診察、家庭教師のみ。
家ではほとんど喋らず、起きず、何もしなかった。ずっと寝てた。
だんだん短歌を作れなくなった。
二次創作ばかり見ていた。
家庭教師では喋りすぎるほど喋って元気だったから、家では家族に甘えてるのだと思う。

家庭教師以外では、よく音が怖かった。話したいことがたくさんあるのに言葉にできない。

たまにテレビガ見れた。
お笑いで笑ってたくらいだから、そんなにひどくない。元気だ。
やっぱり、動かないのは甘えだと思う。

二次創作を書くようになった。
何か見たり読んだりするより、自分で文章を書き始めた。
私は前からそうなのだが、時々凪がれるように文章や短歌が書ける。
今もそうだ。
量を気にせずに、推敲もせずに頭のなかを書き続ける。
書けないときは便秘のときのように気持ち悪く苦しい。

年末も、年始も出掛けなかった。
初詣をしなかったのは初めてかもしれない。
家を出たくなかったし、何より神様に祈りたくなかった。
こんな甘えている、人として生きているとは思えない状態で神に祈って頼るなんて出来ないと思った。

もともと、日本の神様って好きで、正月はちゃんと神棚に手を合わせたし、神社も楽しみにして行っていた私の心情の変化はけっこう応えた。

布団のなかで30ふんくらいないてから、けれどその後に映画を笑いながら見てたから、現金なものというか、何とも言えない。


本当にやりたくないことから目を背けて、ダメな自分からメール背けて現実逃避したいだけなのだ。
好きなことだけやって、楽していたいのだ。

年始は家庭教師と1回だけ出掛けた。
少しずつ活動量が多くなっている。
たぶん母がはっぱをかけてくれたお陰だ。
自分からは甘えてるから動けない。
家族も私が病気だと信じて強いことを言わない。
とんでもない悪循環だ。
それをよく思っている私は最悪だ。

そして今日、1月8日。
明日から大学が始まる。
口では頑張って行くと言っているが、心の中では大学に行かないと決めている。
明日、ものすごく気分が良い以外は行かないだろう。ほぼ決定だ。

休んでいたから、留年はほぼ確定だ。
そうすると、来年2個下の後輩と同じ席で授業を受けるのは辛いとわかっているのに、その事に目を背けて目の前の辛いことから逃げるために去年休み続けた。

明日から行きたくない。
誰でもそうなのに、私は本当に行かない。

これまで長々と書いてきた私の心の中など全く関係ないのだ。
私が大学へいっていないことだけが事実だ。

何回も自分を分析しようとしたが、無理だった。
自分を客観的に見るのは私には無理だ。


辛いことから目を背けて、楽をして、現実逃避ばかりが得意になった。


そんな私がこれを書いている。

明日は診察の日でもあるが、何と言おうか考えている。



こんなクズな私だが、周りにはちゃんと取り繕って、パッと見は普通の大学生だ。
少し引っ込み思案の見た目にあまり気を使っていない女子大生だ。

家ではぐずぐずに甘やかされて、赤ん坊と同じである。
家事などの手伝いをしなければと思うが、全くしない。
それを誰も怒らない。
小さいころからそれがコンプレックスだった。

これを真面目系クズと言うのだっけ。
少し前そういうブログを読んでいた。
最近はそういう自分を見つめるものを読むこともない。

この前、不登校と引きこもりを調べて明日主治医に見せようかと思っているが。


家族に本当に申し訳ない。
申し訳ないと思っているのに反省してない。
行動に移していない。
こうやって、誰も知らないところで懺悔しているだけ。
せめてこれを親に見せられる勇気が欲しい。
私を育てた養育費を返したいし、
私がちゃんと育って大人になって稼げるはずのお金が宝くじであたったら、すぐにでも死ぬのにと思う。


今は恋人が悲しむから死なない。恋人と別れて、疎遠になったら死にたい。
でも、恋人と結婚してずっと一緒にいたいとも思う。
家庭教師先に迷惑がかかるから死なない。
家族に迷惑がかかるから死なない。けれど、このまま生きてても迷惑がかかるから、迷惑がかからない死ぬ方法とお金が用意できたら死にたい。


でも、死ぬ勇気はない。本当にない。
なんとなく自殺方法を考えるくらい。
死ぬべきだと思うときがある。
生きたいと思うと、罪悪感を感じる。

こんな、悲観的なことを書いているがそれは表面上だ。
この生活を楽しんでいる。
二次創作のTwitterは楽しい。
創作は楽しい。
創作物は私とは違うのに、その評価を私に当てはめようとする。

現実の私を改善する気持ちがない。

最後に私の得意なこと。
・魚の身をきれいにほぐせること。
・カレーライスをあまり皿を汚さずに食べれること(最近はやっていない。伊東家の食卓で覚えた)
・味覚がほんの少し良いこと
・あることに興味がでたら、一気集中して取り組むこと。すぐに飽きるが。
・愛想笑い
・人間関係を一時的に取り繕うこと(長期休みの1週間くらい前からとても気が楽になる。そのときに少し人間関係でヘマをしても相手は長期休みで忘れてしまうから、のびのびと過ごせるからだ)
・自分を表面的に責めて、可愛そうに見せること。特に最近上手になった。


これから付け加えるかもしれないけれど、以上。

私の家族、恋人、友人、知り合い、すべての関わった人に愛を込めて。


追記1/9
大学に行きたくない。
車にのって大学に行く。
途中で道を変えて自殺できるならここかなと思ってる場所へ行く道の途中までくる。
別に死ぬわけじゃない。
死ぬことがどれだけバカなことか分かっているつもり。
ただ、死なないようにするために頑張る気力もないし
死なないようにするために誰かにすがる勇気もない。
そんな価値ないと思っている。
でも、結局は大学に行きたくないだけの現実逃避。
お昼には大学病院の診察。
言い訳しすぎて私にも私の本音が分からなくなったから、言い訳はあまりしないようにしようと思った。
これから進むと道が細くなる。
車を傷つけると嫌だなと思う。
だったら、素直に大学に行けばいいのにね。
もしくは大学をやめるって言えば良いのにね。
どちらの勇気もない。

前はもう少ししたらやる気が出てきて、大学に行きたくなってその後も休まずに行けるんじゃないかって希望があった。
でも、大学に行きたくなって行けて勉強して、でも途中でまた行きたくなくなって休んでを何回も繰り返したから、もう無理やと思ってる。
たぶん、大学生活がスムーズに行けば大学やめたいなんて思わなかった。
だけど、大学をやめたかったから大学生活がスムーズにいかなくなったのかな。
卵が先か鶏が先か。
生物学的には、鳥で言えば卵が先で、微生物で言うと鶏が先だった気がする。
死ぬつもりはないけれど、もしうっかり死んでしまったときのためにこのblogを書いています。
遺書を書く勇気なんてのもないからね。

行くべきか行かざるべきか
それが問題だ

私の場合は甘えて逃げているだけ
強くなりたいと思うけどつらいのはいやだな

こうやって書いていると、これを読んだ人の冷静な批判がきこえてくる。
これは甘えてますね。とか
もっと現実的に考えるべきだ。とか
そんなに恵まれてるのに、私の場合はこうだったのに。とか

一方で、大変だったねと言われたい
やっぱり全てを許されたい
許されるべきじゃないと分かっているのに許されたい

こんな私ですが案外楽しく生きているよ。
嫌な大学は行っていないわけですし。
こうやって好きなことを書いてる。

人間は矛盾だらけで、それが愛しいと思う。


普通に大学生活が送れる人を羨ましいと思うけど、その人たちは私が我慢していない辛さを我慢した上でちゃんと生活を送っているからすごいんだよね。

辛いの分かるよ、って言われて、誰でもわかる辛さなのに私だけが躓いて、甘ったれてその前に進もうとしていないんだなって思う。

こう書いてると少しつらい。
朝からそこまでつらくなかったけど何回か泣きそうにはなった。

助けてとおもうけど
助けてくれている手を現在進行形で掴んでいない。
私の本当の理想としている助けしか
手を伸ばそうとしないし。
本当はそうしたいけど、自分で言い出せないから親が察して言ってくれるのを待っている。

自分の最悪さにヘドが出る。
大學をやめて、通信制大学に行って、就職できるだろうか?
でも今はそうしたい。
だいがくをやめるときに友達に何か説明鶴のさえ嫌だ。

前も大学をやめたいときはたくさん合って、その度にまた行きたくなる時期があって、やめなくてよかったと思ってる。

けれど、それを繰り返すうちに本当にいいのか分からなくなる。
特にこんな状態では。
家に帰りたい。
泣きたい。
もっと甘やかされたい。
誰にも分かられなくていいから、存在を許して欲しい。
お金が稼げなくてもいいよと言われたい。
お金が稼げなくてもいいよと言われたい。
お金が稼げなくてもいいよと言われたい。

それだけ。
今日はもうこれ以上道を進むのはやめようと思う。
また明日かもっと先に、行けたらいいかな。
1度行けば心理的ハードルが下がるからいざというとき良い気がする。
4月までは家庭教師があるけど、それ以降やめようかどうか悩む。
まず、やめる電話をかけれるかどうか分からない。
家庭教師をやめたら、後は心残りは恋人だけ。
恋人には死なないでって言われてるから、約束を守らないのは後ろめたい。
この辺でいつも死ぬのはバカだろうと冷静になる。

家にいたい人だってたくさんいて、学校行きたくない人がたくさんいて、それでもみんなちゃんと生活してる。
子供じゃないし、じぶんで決めた進路なのに大変だからってやめたいって言う自分がいる。
病気とかいじめとか人間関係とかで悩んでいる人がたくさんいる。
病気でもなんでもないし、周りの人にも環境にも最高に恵まれているのにわがままだけを言っている私がいる。


また追記を書けたらいいな。


診察に行ってきたよ。
明日から3回は午前図書館、午後ジムヘ行けるようにと言われたよ。
頑張りますと答えた。
頑張る気なんてないくせに。
受付の待ち時間に心がなくなった気がした。
もうどうでもよくなった。
薬もいらないし、来週の診察も行きたくない。
とりあえず徳山ダムまで車を走らせた。
死ぬふりをしようと思った。
向こうはみぞれ混じりの雪だった。
薬局に来たよ。
薬を貰うのが嫌で仕方がない。
嫌なことをしないで生きてるとこんな人間になるのかなと思った。
本当かどうか分からないけど。
ずっと死にたい。生きていたくない。泣きたい。
けど死なないよ。