さはらやのブログ 詩と短歌 時々自分のこと

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短歌 光学顕微鏡

光学顕微鏡

透明なプレパラートの中央に人だつたもの薄くありけり
心筋の壊死の標本から思うこの人の痛みや苦しみを
笑つても笑わなくてもいつか死ぬことにトイレの鏡で気づく
コーヒーは五杯目となりブラツクもミルクも飽きて途方にくれる
大小が不同な核をちりばめて癌は宇宙のやうにひろがる
ひさびさの堤防道路で煽られて臭いがきつい汗をかきたり
アスベスト中毒を見る 美しい標本だねと教授が呟く
中皮腫にならずに死んだこの人の労災を左右する紙切れだ
勉強が嫌いな私 論文を読む指示だけを土日にうける
いくつもの癌を見た日はその奥にある人のこと想像できず
コーヒーの苦さが舌にしみる日は早めに帰り布団に入る
がんと癌の違いを友に説明し曖昧な返事をもらう 春
学生が社会人へとなっていく季節にひとり赤信号待つ
空耳を救急車の音でするとき微かにはいる利き手の力
美しい円柱上皮から崩れ無秩序になるときの落胆
何匹のマウスが死ねば難しい蛋白質の論文となるか
五本目のペットボトルを飲み干してオレンジジュースを欲する私
会ってから三日の人ととりとめのない内容を話し続ける
コーヒーが冷めると一気に飲めるから冷めてから飲むカンファの途中
遺伝子を増幅しては調べおり 科学の地道さを体現す
低分化肺癌の診断をする先生の目が本で見えない
奇形腫の様々な組織像を見ておもしろいなと思える私
何もかも放り出したい時に咲く心の花はいつもコスモス
太陽も空も知らずに死んでゆくマウスの心臓を取り出した
珍しい症例だぞと渡されたプレパラートの向こうの恐怖
感情をピンセツトで取り除きひとつひとつの標本を見る
赤色に染まった消化腺に感情移入した私がひとり
美しき瀘胞を持ちて甲状腺は生まれるという感動だ
恋人のメールを待ちて乱雑な暮らしにひとつまち針をさす
一本の管からできた人間の胃や小腸にガトーショコラを
切り出しでいない先生の机にはかわいいカレンダーと教科書
卵巣の切片にある卵管の細さに時を忘れてしまふ
暇な日のチーズリゾットにはハムとしいたけを入れ冷まして食べる
授業中光学顕微鏡で見る人生 染色された切片


フィクションです。