さはらやのブログ 詩と短歌 時々自分のこと

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一歌談欒2

一歌談欒 2

3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって(中澤系)

この歌はよく分からなかった。しかし、この歌のアナウンスが駅でながれたら、私はきっと下がってしまう人だということは分かった。

理解できない人は下がってというのは何が理解できない人なのだろうか。三番線快速電車が通過するということが理解できない人なのだろうか。電車が通過することが分かる人は下がらなくてもいいのだろうか。よく駅でながれるアナウンスは全員が黄色い線まで下がることを要求するが、この短歌は全員でなくてよいのだろうか。

三番線快速電車というものは、ただの三番線快速電車なのだろうか。私はもっと違うものに感じられた。どうしても避けて通れない理不尽な「社会」そのものが三番線快速電車の名を借りてやって来るのだとしたらどうだろうか。

例えば、会社の上司の理不尽な怒りとか、先輩の一貫してない指示とか、教授の毎日変わる機嫌とか、、、
私は学生なので、分からないが、社会は理不尽に満ちているように思える。

理不尽な「社会」は避けて通れない。この三番線快速電車ももう「通過」することが確定していて、理解しようとしまいと「通過」する。するのだか、この歌では理解できない人は下がってとある。
これは、理不尽な社会におかれた唯一の優しさや気遣いが現れているように思える。
無機質なアナウンスのような歌だが、せめて理解できない人は危ないから下がってなさいみたいな。

そう思うと、感情のないような声のしたから必死に私たちに訴えかけている何かがあるような気がする。

無機質な社会の下に隠された心が、理解もできずに社会の危険にさらされている人にむかってせめて下がってなさいと言っているように思えた。