さはらやのブログ 詩と短歌 時々自分のこと

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私の記録 「死にたいに代わる言葉を見つけてよ」

「死にたいに代わる言葉を見つけてよ」

私が医者になると決心した話

高校一年、私は将来のことなんて考えず遊び呆けていました。
高校一年の冬、進路希望調査がありました。
私は、当時文学部に行きたかったのですが、親の反対にあい、それを押し退けるほどの情熱は私にはありませんでした。
文学部にいきたい理由はなんとなく大学教授になりたくて、文学とかかっこいいしって思っていただけでした。
親の反対にあって、その時倒れている祖父の言葉、医者になれというその言葉にすがり付き私は理系、医学部を目指すことにしました。

進路希望を書く日私は泣きながら祖父に約束しました。
なぜあのとき泣いたのか未だにわかりません。医者になるのが怖かったのか、自分のやりたくないことをやるのが嫌だったのか、一大決心で心が震えたのか
分かりません

その後、祖父は死にました。
私は在宅看護だったにも関わらずなにも祖父なできないまま祖父は亡くなりました。
その後悔も医学部に行く理由になりました。

それから、何回も、この道でいいのかという後悔と反省と決意を繰り返し
運良く医学部に入ったあとも同じことを繰り返しました
医学部は嫌だ
医者の意義が見いだせない
勉強したくない
しかし、
医学部で出会った人は大切な仲間となり
医学部に入って考えたことも大きな糧となりましまた

何回も、何回も、数えきれないくらい辛い思いを自分の思考でくぐってそれを、延々と続けていました。

二年生の終わりに体調を崩しました
うつとパニック障害と不安障害を足して三で割ったような症状でした
医者になるのがそんなに、いやなのかと自問しました。

休学をして、短歌に出会いました。
最初に頭に浮かんだ言葉が
死にたいに代わる言葉を見つけてよ
でした。そのころ死にたいという言葉が頭を延々とループしていました。

未だに、私は本当に医者になりたいのか。わたしのようなものが医者になっていいのかという思いがあります。

しかし、私は医者になります。理由ははっきりとはありません。私がわたしの人生をつくるにあたり医者になると決めたからそれだけです。

私は人の命は人ではどうにもならないと思っています
しかし、どうにもならないからこそそこに寄り添っていたいとも考えています。

医者としての技術と知識をしっかりと身につけて人に寄り添うことが、できたら私はいいなと思っています。

これは通過点での思考の記録としてこのblogに載せるつもりです。