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さはらやのブログ 詩と短歌 時々自分のこと

詩と短歌とその他もろもろのブログ twitter @0ya5udon

詩 「美しい悲しみ」 私の病気

美しい悲しみ

悲しみを積もらすことを
愚かと言うのか
美しいというのか
愚かだからこそ美しいと言うのか

十月初めの朝に
恐怖は突然やってきた
誰のとっても何でもない朝だったように
私にとっても何でもない朝であった
しかし
恐怖は突然やってきた
世にいうパニック障害のような
動悸や冷や汗は伴わず
ただ恐怖だけが私の心のドアを叩いた

今となっては、その恐怖は薬でおさまると分かったが
当時、私はたびたび訪れる恐怖にただただ怯え、戸惑っていた

「どうしよう」
恐怖とその思考のみが頭を支配した

友達や親には話せず
笑顔のなかで涙を流した

恋人は常に寄り添ってくれ
その胸のなかで恐怖に耐えた

恐怖は突然やってきては
私の
気力と体力と思考力
平常心と理性を
徐々に奪っていった

その時私は自分を責め
自分の弱さに涙した

恐怖の発作と体調の乱高下に耐えた十二月半ば
ついに私は動くのをやめた
まわりから見れば突然だったのかも知れないが
ワタシにとっては多すぎる水がコップから溢れだすよう
当然の結末であった

この時、私は心から安堵した
これで
どんな理由のないつらさに襲われても
青空の下を我慢して歩かなくてすむと思ったからである
恐怖は一時身を潜め
私は仮初めの癒しを貪った

一月半ば体調が良くなってきたと思った矢先
また恐怖が訪れた
今回はまわりに頼った
父に母に祖母に医者に
薬を飲めば十五分でおさまった
しかし、その十五分を待つ間はどんなに
父が背中をさすってくれても
母が手を握り、祖母が大丈夫と言ってくれても
恐怖は薄まらなかった
その時初めて、絶望が孤独をつれて
こちらを見ているのが分かった

ゆっくりと。体調が戻り
恐怖と共に過ごす日が始まった
突然の恐怖の他に
ぼんやりとした恐怖を一日中感じる日が多くなってきた

ぬるい空気が体にまとわりつくように私から離れない恐怖

恐怖とじっと見つめ合う日々が続いた

薬を飲めば十五分でおさまるが、私は薬を飲まなかった
まわりは薬を飲めと言うが、私は薬を飲まなかった

恐怖と対峙した時に、私の心に降り積もる悲しみが
あまりにも美しいと感じたからだ

その悲しみは私が愚かに、果てしなく愚かに生きてる証
そのものであった
同時に私はその愚かさに自分で自分を可哀想だとさえ感じた

悲しみは今もなお私に積り続けている

悲しみを積もらすことを愚かと言うのか
美しいと言うのか
愚かだからこそ美しいと言うのか

私だけが美しいと言うのか

そうだとしても
私は今日も悲しみを積もらせている


パニック障害でなくても、動悸などがなくて突然恐怖が襲ってくる場合、ちゃんとお医者さんに言えば薬をもらえます。
自分の体のことで分からないことが起きていたら、迷わず専門家のお医者さんに行きましょう。
ハードルは高いかも知れませんが、精神科がおすすめです。
ネットの情報で評判がいいところに行きましょう。
大丈夫、医者に行くことは怠けでも弱さでもなく、自分の体の専門家にきちんと話を聞きにいくということです。