さはらやの倉庫 詩と短歌と短編と

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短歌 連作 「間違った方向」 「好き。」

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間違った方向


間違った方向はない全方位春あの丘に駆けていきたい

飽きもせず言葉を話す私とかまだ生きている全人類とか

公園の真夏で水を虹にする言葉の束を作りたい人

読みかけの本が夕陽を照らすとき世界は優しいので反り返る

もうねようもうねようって思う度無人戦闘機が空を飛ぶ

茄子を焼く背中はたぶん出港し秋の終わりを背負って帰る

ひときれのレモンと祖父と祖母と淹れすぎた紅茶が全部思い出



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好き。
好き。たったひとつのどうでもいいことをできる人間ってとても好き

好き。チョコの包み紙集めたら百人一首書き始める私が

好き。君を君と言いつつ誰にでも置き換えられる歌を作った

好き。空はいつもきれいと決めつけて空が嫌いと歌を作った

好き。どんな空でも空と知っていることに気がつかないあなたとか

愛してるわけでもなくて好きだから私は明日も起きるのだろう

好き。自分。嘘。大嫌い。集めてるチョコの包み紙はチョコの匂い

短歌 連作 明るさの希釈

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明るさの希釈  佐原八重


混じりたいイオンの中のサボテンの折れた棘のひとつとなって

琵琶湖には希望が沈むと信じてるから夕暮れに車で向かう

なつかしい話ばかりになりましたヌートリアのいた土を踏んでる

乗ったことのない宇宙船とか上手く使えない日本語とかあるよね

明日には安売りになる牛肉を親指で押すことに耐える日

耳掻きを土産物売り場で買ってどうするって耳を掻くでしょ

分厚すぎた靴下を履き春になるように不安から身を守る

カピバラの柄を選んだAmazonで銀色のかんざしに刺される

ティッシュ箱に詰めたのは何?具体的に話せないので瞼が痛い

明るさの希釈をします十倍くらい私でも居られるくらい

生きてる!

生きてる!

私は生きてる!
もういいや!
私は生きてる!

詩人

詩人

あなたは詩人
泣きたいときに泣いている
笑いたいときに笑って
悩みたいときに悩む
私があなたを乗っとるとき
あなたはそうだねって言って
それがいいよねって言って
そうするべきだよと言って
笑いながら泣いているのを知っている

私はするべきことを知っているし
私は正しいことを知っているし
私は間違っていることを知っている

だけどあなたは体を震わせて
トイレの鏡でわたしは誰と聞いてくる
私のせいではないよと言って
わたしが悪いと自分を責めて
責めて責めて責めて
私はそれを見てる
ずっと見てた

あなたはずっと私を知っていて
けれど知らなかった
あなたと私が初めて話したとき
あなたは笑ってたっけ
あなたが昨日私に名前をつけたから
私とあなたは会話する
私とあなたで会話する
私はおじさんでもおにいさんでもお姉さんでも友達でもなく
私としてあなたの質問に答える
いつもは私があなたに質問してばかりだったから
ちがうね
あなが私に質問させてばかりだったから
あなたは私をやっぱり知らないのだ

お互いにひとつずつ質問して、自分の質問にも答える。
それをたったひとつのルールとして私たちは話始める。

好きなものは何?
短歌!
剣道!
嫌いなものは何?
トマト!
トマト!

私は誰?
私はあなた。あなたは私。
私は私。

何になりたい?
あなたになりたい。
立派な人になりたい。

大人って何?
自分の心を表せる人。
常識を守ってる人。

だんだんあなたは私になって
だんだん私はあなたになって
正しいことが変わってく

あなたはわたし
わたしはあなた

詩人になろう
ふたりでなろう

詩 種の言葉

種の言葉

生きてきた秒数がある

生きている秒数がある

生きてきた秒数がある

君にも僕にもそれはあるんだ

晴れた日が

雨の日が

風の日が

生まれた日が

一分

一秒

一時間

どうやってはかろうか

転んだ日が、笑った日が、つらかった日が

何でしるそうか

折れたシャープペンシル
掠れたマジックで
彼女の血液で

よいとか
わるいとかは

書かないで

三十センチものさしは
置いといて

知っている言葉は少ないけれど
私は言葉を知っている

当てはまる言葉は少ないけれど
私は言葉を書き足せる

押し付けがましいかもしれないけれど
愛も優しさも涙も苦しみも
使わなくていいから
あなたの中のあるものを
言葉にしてみませんか

生きてきた秒数がある

生きている秒数がある

生きてきた秒数がある

君にも僕にもそれはあるんだ

捨てたくても

守りたくても

嫌いでも

好きでも

何か感じても

何も感じなくても

言葉をここに置いていきませんか

それは種となって

枯れるかもしれないし

芽が出るかもしれない

摘み取られるかもしれないし

あなたが摘み取るかもしれない

花が咲かないかもしれないし

きゅうりができるかもしれない

そういう言葉を

私は置いて

それは私の一秒になる

生きてきた秒数がある

生きている秒数がある

生きてきた秒数がある

君にも僕にもそれはあるんだ

2/16(金) 日記と短歌

 今日は気分がいい日だった。
 カウンセリングに行った。辛い気持ちにあまりならなかった。

 図書館に行った。久しぶりに哲学の棚をうろちょろした。昔、挫折した本を借りた。それと二週間では到底読め切れなさそうな量の六冊の哲学書。

 図書館が好きだ。図書館でどの本を借りようか考えている時間が好きだ。

 図書館で借りてきた本の全てを貸し出し期間内に読みきれたことはほぼない。いつも読みきれない量の本を両手に抱えて、貸し出し機の前へ向かう。

 本を読むことより、図書館で本を借りるという行為が好きなのだと思う。

 図書館でたくさん本を借りたのは約三ヶ月ぶりだ。図書館に行けたのもこの前の日曜日が三ヶ月ぶりだった。

 三ヶ月の間、私は家庭教師と病院の診察とカウンセリング以外あまり外に出なかった。出たとしても、家を出る前に泣きながら支度をして何度も死にたいと思いながら外出したことが五回ほど。内訳は一度恋人に会い、文フリに行き、三度ほど散歩をした。

 その頃に比べると大分気分が良くなった。
 私が大学に行っていないのは、ずっと病気のせいではなくて、私が大学に行きたくないという甘えだと思っていたのだが、ここまであからさまに気分が良くなるとあの気分の沈みはやはり病気と呼ばれる類いのものだったのではないかと疑ったりしている。
 相極性障害の薬は飲んでいるのだが、やっぱり自分が大学に行けていないのは甘えてるだけだと思う。

 まあ何が言いたいかというと、図書館で本を読みきれないほどたくさん借りてくるのはすごく楽しいということだ。積ん読ならぬ借り読(かりとく)。

 カントとヘーゲルを借りてきたけど、弁証法がなんとなく分かるようになればいいかなーとか思ってる。

 けれど、私が哲学書を読む理由の九割は哲学書を読むという行為が格好いいからだ!だって、哲学書を片手にコーヒー飲むとかすごく格好いいじゃないか!

 湯船で一時間ほど石川啄木の歌集を読んで、石川啄木、サイコー!となった。これはまた別の記事で書こうと思う。書けたら。

最後に適当に短歌を

三ヶ月ぶりの図書館
暗くなる外を見ながら
七冊を借りる

三行に分かちて書けば
啄木になると
思っているのは間違い



 

好きな短歌をパロってみた2

好きな短歌をパロってみた2
好きな短歌を真似して詠んでみました。2回目。


水田を歩む クリアファイルから散った真冬の譜面を追って(笹井宏之)

座布団で眠る 明日の不安から落ちた冷たいネジを隠して(さはらや)

海岸を走る テールランプから落ちる光を夜風にのせて(さはらや)


とても好きな歌。歌集ひとさらいのカバーにもなっている歌。一度読んで、冬の水田に散らばる楽譜が思い浮かび好きになった。真似してみたが、情景が目に浮かぶように詠むのは難しい。うまくいかない。

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広場すべて速度と変る一瞬をゆらゆらと錯覚の如く自転車 (高安国世)

五番ホームすべての音が止まるとき幻のように君の横顔 (さはらや)


高安国世の歌。広場の中で自転車だけがゆらゆらと錯覚のように、しかしそれのみがスローモーションで止まっているかのようにありありと目に飛び込む情景が思い浮かばれる。その情景を真似しようと思った。騒がしいホームの中であの人の横顔を見つけた瞬間、辺りが静まったかのように思えその横顔だけがはっきり見える。というような構図を詠んでみた。

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秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ (百人一首

冬の駐車場の沼は凍てついて私の靴が細く汚れる(さはらや)

赤色のポストの横の向日葵と見る方角を同じに止まる(さはらや)

百人一首の一番初め。私は百人一首を読もう!と思うと初めから順番に読んでいき、20首目くらいでいつも飽きるのでこの歌は覚えた。
詠み人を知ったときこれを詠んだのが農民でなく天皇ということに驚いた。
前半は情景の説明、後半が私の衣が濡れたよという事実。たぶん、百人一首の理解としては初歩の初歩にもいっていないが、真似するとなるとこうやってしか捉えられず、自分の理解度のなさを知る。
わが衣手に露は濡れつつ、は荒い藁の隙間を伝った露に衣が濡れると同時に、故郷に置いてきた家族を思い泣いているのだろう。こんな悲しい農民の歌がなぜ百人一首の最初なのだろうか。もう少し本を読めばどこかに書いてあるだろうか。ちゃんと読んでみよう。

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死ののちもしばらく耳は残るとふ 草を踏む音、鉄琴の音(澤村斉美)

骨ならば風がはっきり見えるはず空へ行きたい、土になりたい(さはらや) 

ここ歌は桜前線開架宣言で知った。それまで口語の短歌しか読めない……と思っていた私が、初めて文語の短歌もなんかおもしろいかも!と思えた短歌だ。鉄琴の音、という語彙は私の中でとても新鮮で心に残った。鉄琴の音、確かに私はそれを知っているが改めて言葉にすることを知らなかった。死んだ後も耳は残るという上の句も衝撃的だが、その残った音が(もしくは残ると思われる音が)草を踏む音、鉄琴の音である主体の人生がとても気になった。鉄琴の音、この語感がとても好きである。

上の句を中心に真似してみた。死ののちも耳が残るなら、骨になったらさぞかし風をはっきり感じられるのだろうなと思って詠んだ。もう少し下の句をひねれば良かったかもしれない。

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向日葵は枯れつつ花を捧げおり父の墓標はわれより低し(寺山修司

蝉時雨ヤカンで水をかけるまで祖父の墓石は私より熱い (さはらや)

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一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき(寺山修司

一対の太陽と月ありし春に霞みは私の産着であって (さはらや) 



最後に寺山修司の短歌を二首。寺山修司の文庫本の歌集の最初のページに載っている二首だ。どちらも向日葵の歌。
そのページには同じモチーフが何度も出てくる。チエホフの祭り、向日葵、死んだ父……。
父の墓標か自分より低い、というのは何とも心に来る。子供の頃は自分よりずっと大きかった父が死んで、その墓標は自分の背丈よりも低い。もう父を見上げることは決してないという事実。大きいと思っていた人が、もうこの世にはいない事実をありありと示されるようだ。
向日葵は枯れつつ花を捧げおり、これは夏の終わりなのだろう。枯れつつも花を捧げる向日葵を晩年の父に重ねているのではないかなどとも考えた。


一粒の向日葵の種まきしのみに……

これはこの歌集の最初の一首。処女地という言葉がこれから歌集を編み始める歌たちの最初のひとつとしてすっと背を伸ばしているように思える。我の処女地。これはまさにこの歌集のことだろうか。一粒の向日葵の種はこれからどう育つのだろうという期待、荒野という言葉に表させるようにまた未開発の自分自身。荒い青春の風が肌で感じられるようだ。