さはらやの倉庫 短歌と愚痴と雑記

短歌と愚痴と雑記 twitter @0ya5udon

高安国世の短歌

鉄骨のかぎる一劃一劃に予感の如き夕映がある         『虚像の鳩』

ここばかり不思議に人の絶えながら風吹きぬける0(レイ)番乗場 『虚像の鳩』

広場すべて速度と変る一瞬をゆらゆらと錯覚の如く自転車    『虚像の鳩』

次つぎにひらく空間 音もなきよろこびの雪斜交(はすかい)に降る 『朝から朝』

すでに椅子ら卓に上げられ灯を消ししレストランに着く夢の中にて  『新樹』


椅子ひとつ水にすわれりうつうつと梅雨降りこむる川の中州に  『一瞬の夏』

濡れまつわる洋傘に手を差し入れて開かんとする畳まれし闇を 『光の春』


砕くれば何ゆえ白き水なるかふたたびを道は渓に沿い行く 『新樹』

人々の持ち込みて来し雨にぬれ電車の床のいちめんの濡れ  (未刊歌篇)

考えがまたもたもたとして来しを椅子の上から犬が見ている   『街上』

朝々の歩みに犬の吠え立つる次つぎに犬を吠えさせて行く  『一瞬の夏』

わが幼子頬熱くして立つ見れば蟇(ひき)ひとつなぶり殺ししところ 『真実』

夜をこめて轟く雨に覚めし子が羽生えしものが通るよと言ふ 『真実』


眠る児の掌ひらくことありて黒くなりたる綿屑が見ゆ  『真実』

口の中に蜜柑をふふむ幼子が眼を細め窓の雲を見てゐる  『年輪』

収入なき父が病む我に金を置き卵を置きて帰り行きたり  『真実』


幼き混沌のなかに差しそむる光の如く言葉あり人の口を読む 『年輪』


家も子も構はず生きよと妻言ひき怒りて言ひき彼の夜の闇に 『年輪』

旅に来て一日ふたりの子を守れるこのかなしみの心のこらむ 『Vorfrühling』

夕べの丘辿り登りて着きし家ともるが如し君が若妻  『真実』


かかる弱き心を友は持たざらむ妻をいたはり今宵も寝たらむ  『真実』

「捨身になれよ高安君」と既にわが言葉の如くなり帰り行く   『年輪』


子のために我を傍観者と呼ぶ妻にしばらく我は茫然となる    『年輪』

補聴器を買ふ話となりて来む夏の旅行のことは言はずなりたり  『年輪』


聾児らの走る間絶えず二階よりかかはりもなく楽は流れぬ    『年輪』

みどり児といへど女子の並び寝て夜床はやさし我らと子らと   『真実』


やさしさの萌すわが娘よ汝が知らぬ我もあるもの我を愛すな   『街上』

八百屋にも我は来慣れてためらはず嵩(かさ)ありて安き間引菜を買ふ 『真実』

とまどひて我は寝ながら父を見る千円の金包を胸の上に置きて  『真実』


五円札手握り持ちて宵々を幼子はひとり耳医者へ行く      『真実』

価高き林檎を子らと分くるとき怒とも恥とも寂しさともこれは  『真実』

抜き抜きて絶えざる畑のこまかなる此の草の名も知りたく思ふ  『真実』


いざ皿も洗はむパンも焼くべしと先生にあひし我帰り行く      『真実』


髭白く明るき声に幼ならに説きたまふ田も作り詩も作れと      『真実』


先生が居給ふとわが思ふのみに寂しき夜半の心ひらくる       『真実』


踏み均(な)らしおのずと出来し小径見ゆ見おろすときに行く人があり 『朝から朝』


コーヒーの湯気消えてゆく赤壁の思わぬ高さに黒き掌の型    『虚像の鳩』


カスタニエンの青きいがいがなりし実が茶色になりて鞄にありつ
『湖に架かる橋』


わが前の空間に黒きものきたり鳩となりつつ風に浮かべり      『街上』


呼びやまず―人かげもなき座礁船傾きて細き帆柱ふたつ     『虚像の鳩』


街行けばたのしからんこと多く見ゆ料理見本の並べる窓も    (未刊歌篇)


食道楽さげすみて来し果てにして恋ほし町々の物食わす店    (未刊歌篇)


今は在らぬ人の夢にて疑わず飲食店に共にありたり        『光の春』


心合う友さえもなき二人にて寂しき顔を並べて歩く      『砂の上の卓』


重くゆるく林の中をくだる影鳥はいかなる時に叫ぶや  『新樹』


かりんまるめろ我らがのちの世に実(な)らむひこばえ育つかりんまるめろ 『新樹』


わが病むを知らざる人らわが心の広場にあそぶたのしきさまや   『光の春』


会いたき人今はあらずも暖く心の中に我を見守る         『光の春』


われ亡くとも変らぬ世ざま思いおり忘れられつつドイツに在りし日のごと
『光の春』


ゆるゆると雪よ降り来よもどかしきわが病みあとの心の上に  『光の春』


さそり座に月かかりつつ音もなし青葉は少しづつ冷えゆかむ  『夜の青葉に』


少女ひとり道に下ろして雪残る谷深くなお行くバスが見ゆ    (未刊歌篇)


生姜 薔薇色に酢にひしめけり胎児らの墓を見たることなく 『朝から朝』


かすかなれば雨よりも音ひそめつつ落葉を降らすからまつ林     『新樹』


舗道より見当つけてくだりゆくベンチにすでに近づく人あり   『朝から朝』


Coffeeのe一つ剥げし壁面に向いて長く待たされている       『街上』


時刻表にありて来ぬバスひとり待つすでに待つのみの姿勢となりて  『虚像の鳩』


ためらいの心に似たり冬一日風に押さるる半開きの扉(と)      『虚像の鳩』


雨空をうつすガラスが風に振れはかなき光ひらひらとせり    『虚像の鳩』


かなかなや一声遠き森昏れて母と我との生まれ月来る       『光の春』


感情の起伏の如く来ては去る雨といえども暖き雨      『朝から朝』


疾走し過ぎゆくものをただ朝とただ夏として寂しみており  『朝から朝』


たえまなきまばたきのごと鉄橋は過ぎつつありて遠き夕映    『一瞬の夏』


塔2013年5月号
座談会「高安国世の歌を読む」
より短歌のみ引用

感想(新進歌人会に参加して)

感想(新進歌人会に参加して)

 5月19日、18時から京大で行われた新進歌人会の歌会に参加させてもらいました。歌会は短歌チョップ以来の二回目でちゃんと歌が読めるか不安だったのですが、主催の小林通天閣さん、参加者の完全なQ体さんと歌を読み合うことができ楽しい時間を過ごすことができました。本当に楽しかったです。ありがとうございました。
 新進歌人会の歌会はテキスト論的に歌を読むというスタンスで、歌の構造から言葉の選び方、助詞のひとつひとつまで丁寧に歌を読んでいくというのが印象的でした。よく歌会の感想で、歌の評を聞く前と聞いた後では歌が全く違って見えるというのを読んで知っていたのですが、自分自身がその通りの経験をして驚きで震えそうでした。
 歌は初読と二回、三回読んでいくにつれ表情を変えていき、他の人の評を聞くことで全く違う歌の一面に気づき、歌を読むということの深さに触れることができました。

 歌会録は主催の小林さんがまとめて新進歌人会のTwitterで後日流して下さるそうです。もし、これを読んでいる方がいらっしゃれば新進歌人会のTwitterをぜひ覗いてみてください。

 小林さんや完全なQ体さんの評を聞いて勉強になることばかりでした。自分と違う読み方というのは、自分は好きになれないと思っていたのですが、その考えは間違いでした。お二人の評を聞いて、その評や読み方が好きだと思う経験はこれからの大きな大きな糧になると思います。

 歌会での読みは歌を丸裸にする、その歌そのものをきちんと見るんだなと知りました。
 自分の歌が他者に読まれて、読まれて、読まれて、読まれることに耐えきれるのか。そこまでシビアな観点では歌を作ったことがなかったので、これからはそういう点も考えて詠もうと思いました。

 また、小林さんが最初にお話ししてくださった短歌とは、詩的とはなにかという話も興味深く聞かさせてもらいました。歌会の合間のテキスト論と作者論についても帰りの電車の中で反芻して考えています。


 詩は生き物であるというような小林さんの帰り際の話に、詩を読んだときの手触りを思い出してなるほどなと思いました。私が読んだあれは、詩に触れたと言えるでしょう。毛皮だったのでしょうか、皮膚だったのでしょうか、甲羅だったのでしょうか。あのざわざわとした心地は確かに自分とは別の命に対峙したときに似ているのかなと思いました。

 これは帰りの電車の中で少し興奮しながら(昨日梅田で買った高安国世のアンソロジーを読んでたのですが、言葉にしたいことが溢れてきたので読むのを中断して)書きました。拙文失礼しました。

追記
 都会は夜でも人がたくさんいました。

なぜ生きているのか 雑記

 掃除をするたびに思う。なぜ二三日後には埃が溜まっているだろうに私は掃除をしているのかと。一週間後には同じように汚れてしまうのになぜ掃除をしているのかと。百年後には全て壊れてなくなっているだろうに、なぜ私はせっせと飽きもせず掃除をしているのかと。
 
 そうやって考えているうちに、そもそもなぜ私は生きているのか分からなくなる。百年後には必ず死んでいるだろうに。もしかしたら、一週間後には骨だけになっているかもしれないのに、なぜ私はせっせと飽きもせず生きているのだろうか。

 この地球だって数百億年後にはなくなっているだろうに、なぜ今存在しているのだろうか。

 しかし、私は明日、吹き溢れで汚れるかもしれない電子レンジの汚れを綺麗にしている。
それは明日になればもっと汚れてしまうから?
いや、違う。今日掃除したかしないかで一週間後にとても汚れているのは変わりはないだろう。
 ではなぜ掃除をするのか。
 それは、"今"そう、おやつと一緒に飲む豆乳を温める"今"綺麗な電子レンジを使いたいからだろう。もしくは、家族に綺麗な電子レンジを使ってもらいたいからだろう。

 私は埃っぽい部屋でも生きていけるが、父は絶対に嫌がるし、まずくしゃみを連発する。私は家族と楽しくこの家で暮らしたいので家を掃除する。一週間後に大地震が起きるとしても、私は今夜、録画していた音楽番組を父のくしゃみなしで、父と祖母とまったりしながら見ていたい。

 では、なぜ私は生きているのだろうか。明日、死んでいるかもしれないのに、なぜ私は"今"生きているのだろうか。
 それは紛れもなく"今"を生きていたいからに過ぎない。明日生きているためには今生きていないといけないというのもあるかもしれないが。
 生は点のようであり、線のようである。点と言い切れないのは、私は今日死んでしまったら明日は生きていられないからだ。
 しかし、明日を楽しみにして生きていて、今日の夜死んでしまったら、"今"生きていることに何の価値があるだろうか。そういう場合は"明日を楽しみに今を生きていた"という意味があるだろう。
 そう、私は今しか生きることができない。明日を楽しみにすることはできても、明日を生きることはできないのだ。

 これはその人その人がどれくらい長期間のタームで未来を見れるかによると思うのだが、私は未来のために今日を犠牲にして生きていたくないなと思う。未来のために今日を犠牲にすることを"今楽しめている"状況ならばいいのだが、100%未来のために生きることをしたくない。幸いながら今を生きていると、だいたいの日常が明日に地続きで繋がっているため、私は今を楽しんで生きていたいなと思う。

 明日、必ず生きていたいから、今日は死んでも生きてやる。という日も来るだろう。とにかく生きていたいと思う日も来るだろう。だが、今の私はたまに「死にたく」なって、そういう"今"を生きている。だから、たまに「死にたく」なってもいいかなと思う。こんな風に生きたいと思うことを疑いながら考えるのも私の"今"の生き方のひとつなのだから。


 片付けをしていたら、私が中学三年のころに書いたものが出てきた。詩、のような詩ではないような。
 夜中に全身が痛くてたまらなくなる恐怖に襲われて書いたのだけは覚えている。その頃から書くことは私を救っていた。恥ずかしいような、今よりまともなことを書いてあるような、不思議な気分でそれを読んだ。
 デジタルに起こしてみようかなと思ったが、手書きのそれの価値を失いたくなくてまだデジタルには起こしていない。いずれ書くかもしれない。

 あれから七年経った。何も成長していない気がするが、文を書くことをまだしていて少し安心する。

 締まりがなくなってしまったが、今日はここまで。2018/5/14 二階の部屋で 雑記

私と短歌+(良い短歌とは何か)

 さっき書いた「私と短歌1~3」に私と短歌が目指すものについて書き忘れたので少し書こうと思う。

 これは現在の私に関わる全てのものついて言えるのだが、私は今、将来のことを上手く描けないでいる。短歌のことだけではない。勉学のこと、部活のこと、大学のこと、家族のこと、友達のこと、全てにおいて目指すものを見つけられない状態にある。だから、今は今を大事に生きていたら、それで自分に丸をあげている毎日だ。

 さて、短歌のことだ。前はあわよくば短歌で賞を取ったりしたいと思っていた。まぁ、今も少しは思っているが、私の目指す短歌は毎日変わっていってしまっている。
 気分が落ち込む時には、私の短歌は愚痴製造機となるし、そうじゃない短歌のときもある。もう短歌なんて作らないと思う日もあれば、短歌を作るために四苦八苦する日もある。そんな日々だ。
 今日は短歌と私について散文を書きたい日だった。
 これから、私が将来の目標を持てるようになるかもしれないし、ならないかもしれない。短歌についてもそう。そんなかんじです。



(良い短歌とは)
 短歌の目標を考えるとき、必ず私の中で問題になるのが、良い短歌とは何かということである。これは私と短歌についてではなく、短歌そのものについてに近い話題になるかもしれない。
 良い短歌とは何だろうか。
 私が思う良い短歌は以下のものだ。

上手な、もしくは効果的な日本語の表現が使われている短歌
詠んだ人の作りたいイメージが読んだ人に伝わる短歌

人を感動させる短歌、とか好きな人が多い短歌はそれに付随してくるのではないかと考える。つまり、私はいいねを多くもらえるというのは"私の考える"良い短歌に付随してくることだと考えている。もちろん、これは私が考える良い短歌であり、他人が考える良い短歌ではない。

 そもそも「良い○○」とは何かを考えると、かなり哲学的なことになる気がする。ひとつ反れてしまえば、良いとは何かという永遠の旅に出てしまう危険性まである。
 一般的に良い短歌は何かと言ったら、短歌について深い知識がある人たち、短歌を愛する人たち数人が、必ず根拠を提示した上で良いとした短歌なのではないかなと思った。
 そう考えると、短歌の賞は良い短歌を選んでいると言える。ただゴッホのように生前全く評価されなかったとか、時代が追い付いていない場合もあり、「今」良いとされない短歌が本当に良い短歌ではないということは一概に言えない気がする。
 人によって良い短歌は違うが(私の選ぶ良い短歌とあなたの選ぶ良い短歌は同じではない)、誰にでも言える「良い短歌」というものがあるならば、上のようなものになりそうだと思っている。

 私は今、良い短歌を主語として話しているつもりなので、いいねが多く付く短歌については何とも言えない。いいねが多く付く短歌、ひとつひとつを見ていかなければそれはどういうものなのか分からないだろうし、良いとか悪いとかも(基準を上に準ずるとして)言えない。
 いいねが多く付く短歌を主語として語るなら、また異なったことが言えるだろう。例えば、その短歌をリツイートした人がどのような人だとか、ぱっと目につく単語があるとか。それはまた、もう少し考えてたい。

 結局、私もいいねが多く付く短歌について考えてしまった。しかし、これもまだ一面であり、Twitter上ではいいねが多く付く短歌そのものより、短歌を作る姿勢について語られている気がする。Twitter上の議論も、一筋縄ではなく多くの人が多角的にものを言っているから、ひとつの事柄が話題になっているとしても、全員がひとつの事柄について認識し、ツイートしている訳ではない。私の見ているTwitterも本当に一面的なものである。当たり前のことだが、私はよく自分が見ていることが全てだとよく勘違いするので、最後に書いておく。
 

私と短歌 3

 私は短歌を詠むことで救われてきた人間だが、短歌を詠むにあたって短歌を読むことは避けて通れない。私は自分で作った短歌も三時間後には忘れてしまう人間だし、気分の進むときにしか人の短歌を読まない。しかし、私が短歌をノートに書きためておくのではなく、Twitterに投稿しているという時点で私は私の短歌を読んでもらう前提に立っており、人に短歌を読んでもらうということは人の短歌を読むということを避けて通れないと考えている。


 短歌を読むということは私にとってどういうことだろうか。短歌を詠むことは、私にとって私を救う行為だと思う。では、「読む」ことは?詠む行為に付随しているものだろうか?

 他人の短歌を読むことに未だに慣れないため、まず自分の短歌を読むことについて考えようと思う。
 私は推敲が苦手で、自分で詠んだ短歌を読み返すことも少ない。しかし、自身の過去作を読んで心を穏やかにさせたり、勇気付けられたりすることもある。そういうとき、自分の短歌は日記であることが多い気がする。ああ、この日も死にたいと思ったんだなとか、つらかったんだな、とか。アホな短歌作ってるなとか。そう、テキスト論からかけ離れた作者論で私は私の短歌を読んでいる。(だから推敲が苦手というのはあるかもしれない!)

 では、他人の短歌はどうか。もちろん、他人の短歌を作者論的に読むことは可能だ。そうやって読んでいる時も多い。職業詠を読むときは勝手に作者論的に読んでいる気がする。一方で、テキスト論的に読むときだってある。笹井宏之の短歌が好きなのだが、彼の短歌はテキスト論的に読むしかないのではないか、とも感じている。

 うーん、まず短歌を読めていないのに、短歌を読むことについて論じるのは無理があるみたいだ。

 じゃあ、なぜ私が最近、短歌を読めないかについてだけ考えよう。基本、Twitterに流れてきた短歌を読む。歌集もどきどき読む。
 まず、Twitterに流れてくる短歌が多すぎて読みきれないのがある。短歌が1首だけ流れてきて、あぁこの短歌はきっと流れて忘れ去られていくだろうな、と悲しくなることもある。私自身の短歌を重ねてのことだ。
 Twitterでたくさんリツイートといいねがされている短歌がどうにも好きになれないときがある。はっきり言って苦しい。周りの批評に流されやすい人間だがら、いいねが多くついている短歌にいいねをつけてしまう時があるが、そういうときよりも苦しい。皆が良いと言っているものの良さが分からない時の苦しさ。なんなのだろうか。皆が良いと言っていたら、自分も良いと思わなければならないと勝手に思い込んでいるのかもしれない。

 短歌をきちんと読めないので、苦しいと思っているのかもしれない。にもかかわらず、ちゃんと読もうともしていないのだが。この辺が悪循環で、どんどん短歌が読めなくなる。
 また、他人の短歌を読んで自分に還元しようとしているため苦しいのかもしれない。自分の短歌関係なく、他人の短歌を読めたときはすがすがしいほどの解放感がある。

 つまり、私はもっと「詠む」と「読む」を切り離した方がいいのかもしれない。そして、権威や周りの批評に関係なく読めるときっと楽しい。
 雑草の花を見るのが好きだ。手入れされた花を見るのも好きだ。ゴッホの絵にも二次創作の絵にも見入ることがある。私は短歌の素人で、短歌の玄人の歌を読もうとする傾向がある。それはそれできっといい。けれど、Twitterに流れてくる短歌をもっと楽しみたいのだ。私はこんな短歌作れないとか、素人の短歌を読んで何の意味になるだろうとか考えずに、ただ短歌の音と意味を楽しみたいと思うのだ。
(今、楽しめてないからよりいっそうのこと)

 最近、ネプリも出せていない。ネプリにのっていふ短歌を全て読むのが億劫だ。人の連作も読みきれない。けれどそれでも良しとして、もっと気楽に短歌を楽しみたい。

 ひどい文章の連なる記事になってしまった。お目汚しをお許しいただきたい。私と短歌(完)

短歌と私 2

 そう、私は誰かの短歌を読んで感動したとか、誰かが短歌を詠んでるから私も、などではなく、本当に勝手にひとりで短歌を作り始めたのだ。

 短歌を始めて10日後くらいにうたの日に始めて参加した。
最初の歌は

「自販機の横に立ってるごみ箱のようにひっそり役に立ちたい」

だった気がする。次席であった。投票でハートをいれなかったため、+1加点がなく次席であったが、もしハートを投票していれば薔薇であったため、調子に乗った。ほんと、調子に乗った。

 まず、家にある唯一の歌集であろう石川啄木の歌集を読んだ。好きになった。石川啄木の歌はまるでTwitterのツイートであると感じた。まず、感性が現代人である。心を叫んでいる歌が多い。石川啄木の歌は大声で朗読したくなる。海に向かって叫びたくなる。
 私はますます歌を作るようになった。

 私が歌にする内容は様々だ。
 自分が考えていること、愚痴、感じたこと、フィクション、今見ているもの、今まで見てきたもの、思い出、故人への思い、家族への思い、恋人への思い……。
 散文にして誰かに見せる勇気がないものでも、57577というオブラートに包んだらTwitterに吐き出せた。死にたいとは誰にも言えなかったのに、短歌にならいくらでもできたし、Twitterに投稿できた。
 どれだけつらいかと思う度、私よりずっとつらい人がいると思って言葉にできなかったつらさを、短歌でならどれだけでもつらいと言えた。
 
 短歌は私そのものであり、私とは全く別個の独立した作品であった。だからこそ、短歌でならばどんなことでも言えた。

 短歌を作れない日は便秘しているような気分であった。

 しばらくして、自分のTwitterを家族や友達や部活の人に教えた。少しハイになっていたのは否めないが、本当の私、いつも死にたいともがいてる私を知って欲しかった。普段の会話では決して死にたいなんて言えないが、Twitterをフォローしてもらうことで、私の説明になればいいなと思った。
 つまり、私の短歌アカはリア垢でもある。

 そう、本当に短歌は私そのものであり、私とは全く別個の独立した作品であった。

 短歌を始めた後も、何度も辛くなって大学に行かない時がでてきた。短歌が無ければ、私はもっとひどい潰れ方をしていたかもしれないと思う。死にたいと言えたからこそ、死ななかったのかもしれない。短歌は私の透明マントでもあった。私を曝して、かつ私を隠してくれるもの。今さら短歌を手放せないというのが現状かもしれない。



 ここまで、私は短歌を詠むことばかりを語ってきた。当たり前かも知れない。私は短歌を詠むことで救われてきたのだから。

 ところで最近、Twitterで回ってくる短歌、しかもいいねがたくさんついている短歌が素敵に思えなくて苦しい。今までは短歌を詠むと同時に読むことも自然に出来てきたのだが、最近それが出来ない。


 またもや長くなってしまったため、この記事はここで終わろうと思う。次は書けるのならば、私と短歌を読むことに関して書こうと思う。

短歌と私

 Twitter上でSNSと短歌について話題になっている。フォロワーさんやTwitterをやっている短歌を作る人が短歌とSNSについてツイートしており、すごいなと思って読んでいた。
 
 何がすごいと思うかというと、その人たちは短歌と世界について話しているように思うからだ。短歌と歌壇、短歌とSNS、短歌といいね、全て短歌とそれに関わる何かについて、大きな世界の動向について関心を持っているという点でとてもすごいと思った。

 それに比べて私は、短歌と私、というとても閉じられた事柄にしか興味が沸いてないと気付いた。私は短歌を好きなのか。私は短歌を詠むのが好きなのか読むのが好きなのか。他人がいいと言っている短歌が好きになれなくて落ち込む……などなど、最近の悩みはつまり、私が私について悩んでいた。

 それは今、私がそういう時期だからなのか、もともと私が私にしか興味のない人間なのかは分からない。

 しかし、Twitterで短歌の世界について書いているのを見て、私は短歌と私について書きたくなったので、その事について少し書こうと思う。


 私が短歌を作り始めたのは2016/6/2だった気がする。大学を休学して家にいた頃だ。よく死にたいと思っていた。本当に死にたいかと言われたらそうでもないが、死にたいという言葉ばかりが頭に浮かんでいた。(これは今もあまり変わらない)
 そんな午後のことだ。

「死にたいに代わる言葉を教えてよ」

ふとこんな文章が浮かんだ。とても気に入った。

「死にたいに 代わる言葉を 教えてよ」
こころの叫びのようなそれはちょうど575の17文字だった。

 575なら俳句やん!って思ったが、よく考えると俳句は季語が要ることに気付いた。川柳はそのとき頭になかった。

 私はめんどくさがりなので、歳時記で季語をいちいち確認するなどということはできないと思った。

ではどうするか?575があるのなら、77をつけてしまえば短歌になるやん!と気付いた。短歌なら季語が要らない。

これだ、と思った。

その時作った「死にたいに代わる言葉を教えてよ」の下の句は覚えていない。
「私はあなたと生きていたいの」
だっただろうか……。なぜ覚えていないかというと、私はその後何度となく最初の上の句に下の句を付けてきているからだ。
「死にたいに代わる言葉を教えてよ」
気に入りすぎて、短歌チョップ2に持っていったフリーペーパーの名前にもしてしまった。

こんな感じで、私は短歌を作り始めた。決して誰かの短歌を読んで感動したからとか、誰かが短歌を作っていたからではなく、何故か勝手に短歌を作り始めた。

 死にたいに代わる言葉を教えてよ~の次に二三個短歌を作ると、私は次にTwitterのアカウントを作った。

 まず、短歌を投稿できるサイトを見つけたのだが、そこは(うたよみんではなく)1日五首までしか投稿できなかった。私はそれ以上に短歌を作りたいと思った。推敲をするという考えは浮かばなかった。

 そこで、Twitterだ。ちなみにこれが初Twitterアカウントだ。家でノートに書き溜めるなどという発想は皆無だった。とにかく私の短歌をどこかに投げたかった。

 Twitterのアカウントを作った。最初に投稿したのはハダカデバネズミの画像だった。
 その後はひたすら短歌を投稿した。1日百首くらい。最初はbotしかフォローしなかったが、だんだん短歌をしている人をフォローし始めた。
 そこで、うたの日の存在や様々なネプリの存在も知った。今振り返ると、Twitterを始めたこの年の六月のツイート数が一番多い。ひたすら短歌が湧き出てきた感覚だった。

 休学をして暇だったのも大きいかも知れない。私は短歌を詠むことにのめり込んだ。

 短歌を始めたきっかけを書いたら案外長くなったので、ここでまずひと休み。次はなぜ私は短歌を詠み続けたのかを書けたら書く。